【音楽が「起る」生活】いま聴きたい注目歌手~東響第731回定期、中嶋俊晴、中江早希
音楽評論家の堀内修さんが、毎月「何かが起りそう」なオペラ・コンサートを予想し、翌月にそこで「何が起ったのか」を報告していく連載。6月は、ロッシーニ《スターバト・マーテル》が上演される東響第731回定期、カウンターテナーの中嶋俊晴、チェンバーミュージック・ガーデンにおける《月に憑かれたピエロ》を予想。5月の結果報告は、ラ・フォル・ジュルネからハンソン四重奏団、ミシェル・ダルベルトの来日40周年記念リサイタル、パシフィックフィルハーモニア東京の第174回定期演奏会です。
東京生まれ。『音楽の友』誌『レコード芸術』誌にニュースや演奏会の評を書き始めたのは1975年だった。以後音楽評論家として活動し、新聞や雑誌に記事を書くほか、テレビやF...
何かが起りそう(6月のオペラ・コンサート予想)
1.東京交響楽団 第731回定期演奏会 ミケーレ・マリオッティ(指揮)ロッシーニ《スターバト・マーテル》他(6/8・サントリーホール)
右)ハスミック・トロシャン
いま一番のベルカント・オペラの指揮者というべきマリオッティが、最強の歌手たちと共にロッシーニの《スターバト・マーテル》を演奏する。ロッシーニの好きな人でなくたって、興奮が抑えられないコンサートだ。あ、「悲しみの聖母」に興奮してはいけない、と自省しつつも、美しい悲しみの音楽に期待してしまう。
ローマ歌劇場日本公演で、マリオッティの声とオーケストラを巧みにリードする技は証明済みだし、今回登場する歌手たちときたら、ソプラノのハスミック・トロシャンやテノールのマキシム・ミロノフ、もちろんダニエラ・バルチェッローナだって、いまぜひ聴きたい人ばかり。最上の悲しみが味わえるはずだ。
2.中嶋俊晴(カウンターテナー)&白取晃司(ピアノ)フォーレ《月の光》他(6/12・Hakuju Hall)
「リクライニング・コンサート」の第179回として行なわれるカウンターテナーの中嶋俊晴が歌うコンサートなのだが、1日に午後と夜の2回公演がある。午後のギター伴奏も楽しそうだが、やはりブラームスやフォーレの歌曲が歌われる夜の公演にしよう。
いま日本のカウンターテナーはすぐれた人材を輩出していて、中嶋俊晴もそのひとりだ。期待の歌手だが、まだ未知数でもある。さてどんなコンサートになるのだろう? 文字通り「何かが起りそう」なのだ。さてどうなるか?
3.シェーンベルク《月に憑かれたピエロ》北村朋幹(ピアノ)郷古廉(ヴァイオリン、ヴィオラ)、横坂源(チェロ)、中江早希(ソプラノ&シュプレヒシュティンメ)他(6/16・サントリーホール ブルーローズ)
(上段)北村朋幹、郷古 廉、横坂 源
(下段)岩佐和弘、山根孝司、中江早希
サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン2025・「北村朋幹プロデュース」に登場する、すこぶる魅力的なコンサートがこれだ。よりすぐりの演奏家によるドビュッシーも期待できるが、注目すべきは中江早希が歌う……というか語るというか、のシェーンベルク《月に憑かれたピエロ》だろう。いま人気上昇中の中江早希が、どんな表現をするのか、いまから楽しみだ。
何が起ったのか(5月のオペラ・コンサートで)
1.ハンソン四重奏団 モーツァルト「狩」ベートーヴェン「ラズモフスキー」第3番(5/3・東京国際フォーラム)⇒⇒⇒スニーカー姿のモーツァルト演奏に驚く
朝だ、さあ「狩」に行くぞ!とモーツァルトの弦楽四重奏を聴きに行くのは胸躍る。次に「ラズモフスキー」第3番に突入するのも楽しい。真面目な顔つきで聴くほかないような古典派の弦楽四重奏曲を笑顔で、愉快な気分で聴けたのは「ラ・フォル・ジュルネ」ならではの体験だ。
演奏者は4人ともスニーカーだが、驚くのはその演奏もスニーカーを履いていたことだ。とくにモーツァルトの活発で、カジュアルな演奏には現代の弦楽四重奏曲演奏の溌剌とした魅力があった。
2.ミシェル・ダルベルト(ピアノ) ブラームス:パガニーニの主題による変奏曲、他(5/13・すみだトリフォニーホール)⇒⇒⇒「汗をかかない」リストの良さを味わった
やっぱり!と納得してしまった。ブラームスの変奏曲だけでなく、最後に弾いたリストの「《ノルマ》の回想」で、うなずき、賞賛の念を抱く。なんというか、がっついてないのだ。弾くのが大変なのはわかるけれど、それを大変な音楽として感じさせない。
若い、技術的に巧者なピアニストが格闘して実現する音楽だって大したものだけれど、それとは別の、何気ない演奏の魅力を持っている。汗をかかない(本当はきっと大汗だろうに)リストの良さを存分に味わった。リストは、実はエレガントな音楽家だったのだ。
3.パシフィックフィルハーモニア東京 第174回定期演奏会 飯森範親(指揮)ジャスミン・チェイ(フルート)(5/18・東京オペラシティ コンサートホール)⇒⇒⇒メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲が華やかなフルートのショウに
珍しいフェルディナント・リースの曲は、演奏する意義はあっても、聴く楽しみはあまり……なんて思ったのは、きっとその前に聴いたメンデルスゾーンのせいに違いない。これは華やかなフルートのショウだった。
ジャスミン・チェイが独奏するフルート版メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を、おとなしく聴くなんてできない。見た目も華やかだったけれど、演奏の派手やかさはそれ以上だ。飯森範親指揮のオーケストラが巧みに盛り上げる風を受けて、これでもかとばかりフルートのきらびやかな音が、曲芸的な技巧で跳びまわった。メンデルスゾーンの協奏曲は時に、このようにショウアップされた音楽になり得る。
4.NHK交響楽団 第2038回定期公演 Cプログラム ギエドレ・シュレキーテ(指揮) 藤田真央(ピアノ) 《ばらの騎士》組曲、他(5/30・NHKホール)⇒⇒⇒これは面白い!の3連発
これは面白い!の3連発だった。
まず藤田真央がピアノを弾いたドホナーニの「童謡(きらきら星)の主題による変奏曲」だ。唐突に曲想が変わるのに驚く音楽なのだけれど、ピアノがこの唐突な変化を実に見事に演奏する。面白い。
次は後半の《影のない女》の組曲で、指揮者シュレキーテが曲と格闘するのが面白い。時にとまどい、時に打ちのめす。そして最後の《ばらの騎士》組曲になる。これなら得意だと、指揮者は遠慮なくN響をあおり立て、ワルツも感傷も少しオーヴァーめのエンターテインメントにしていく。ほんとうはやんやの喝采で迎えられてもよかったのじゃないだろうか?
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